2009年08月30日
音、おと、オトの響きは∞
昨日は、9月6日のイワクラツアーの全工程を
時間配分がうまくいくかめぐってみました。
そのなかで、立科町にあるイワクラ「鳴石(なるいし)」では
二段に積み重なった鏡餅状の岩に耳をあて、やわらかく石を
打ち付けて、音の響きを聞いてみました。
(今まで何度も鳴石に会いに行っていましたが、恐れ多くて音を
聞いてみることはしてませんでした。こんなに触れ合ったのはじめてです。)
鳴石というだけあって
コーン・・・コーン・・・コーーン・・・
二段積み重なっている岩の中に共鳴する空間があるのか
自然のリバーヴがかかり、とてもよく響いてきます。
いっしょに行ったイワクラ学会の荻原さんは、「楽器だったのかもしれないね」と一言。
ほんと、そうかもしれないな。
昔、風が強く吹けば鳴ったため、このように呼ばれ、この石が鳴るときは、
必ず天気が悪くなるといわれている。ある時、石工がこの石を割ろうとして
金づちで二つ三つ叩くと山鳴りがして地震が起き、たちまち火の雨が降り、
石工はもだえ苦しんで死んでしまった。この事があってから、
強く叩くことはいけないとされている。柔らかく叩くと鈴のような音がする。
鳴石の伝説です。昔の人たちは、こうゆうお話をもって、大切にこの石を
守ってきたんですね。すると不思議ですが雨がポトポトと落ちてきました・・・。
「あっ、雨が降ってきた!」
自然や神々への畏怖の想いというのは
決して忘れてはいけないものだなぁと再確認☆
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この日の夜、練習後の夕飯時、
篠原語録が大爆発しました。
音は目に見えないものだけど確かに存在する。
無音もおんなじ。音が鳴っていなくても、無音という状態は確かに存在していて、
音楽の場合、無音が原点で・・・最終的に辿りつくのも無音の状態。
無音とは宇宙に遍満する音が鳴っている状態。
これは意識の状態に近い。
西洋思考はポジティブ思考でポジティブな側面、つまり「あるもの・見えるもの」を見るが、
東洋は逆にネガティブ思考、つまり「無いもの・見えないもの」を見る。
「空(くう)」こそ物事の原点だと大事にする。
例えば西洋では夜空の星(見える部分)を見るが、
東洋では星の星との間にある無限のスペース、闇の部分をも含めて見る。
音楽の場合は、音の音の挟間にある無音を含め
背景にある膨大な宇宙を共有するためのツールになってきた。
この語録を理解しようとしていた時に、
鳴石の“コーーン・・・”という音と、先日ご一緒した
アイヌ・アート・プロジェクトのリーダー結城幸司さんが言っていた
『アイヌ語には“音楽”という言葉はないんだ。』が思い出されました。
もう一度結城さんの言葉の意味を理解したくて探していたら
興味深い記事が出てきました。
http://www.voices.no/mainissues/mi40007000256.php
[人と音楽との対話/結城幸司さん(アイヌ・アート・プロジェクト リーター)に聞く より抜粋]
アイヌにとって、音楽は、神と交流するための道具とか方法ではないんです。
むしろ、音楽は神そのものであって、神を感じることそのものです。
言葉で説明するのはとても難しいんですけど...アイヌにとって音楽するっ
ていうのは、音の神に触れるということです。だから、アイヌにとって音楽は
神聖なものです。アイヌは、音楽するとき恥ずかしがらず、
思い切り歌ったり踊ったりします。なぜなら、それは神と一緒にいるという
感覚そのものだからなんです。
神と一緒に、音そのものが神であるから、「音楽をする」という言葉は
存在しないんですね。
人を高揚させるための、歓喜させるための音楽ではなく
静かなんだけど力強い、背後にある無限のスペース(宇宙)を分かち合えるような
音を目指していきたいです!
Posted by 葦木啓夏(Hiroka Ashiki) at 12:08│Comments(1)
│雑記
この記事へのコメント
なかなか興味深い記事でした。
昨日は「おと・音」に関わる一日だったんですね。
「無音」は確かに存在しています。
現在ではその無音の観測技術が発展して
いろいろな場所で「無音」の中から「音」が観測されています。
例えば、地球上どこでも、または宇宙空間でも
「音」は観測されていて、
「ホワイトノイズ」として観測されるその音は
「完全に無作為な音」です。
これが万物の創造に大きく関わっていたとされる
「1/fのゆらぎ」にも関係してきます。
すべての創造の原点に関わる「音」であり、
宇宙を動かしている根元的な力の源でもある
この「音」の存在を考えると
音楽の可能性は限りなく飛翔していくように思います。
昨日は「おと・音」に関わる一日だったんですね。
「無音」は確かに存在しています。
現在ではその無音の観測技術が発展して
いろいろな場所で「無音」の中から「音」が観測されています。
例えば、地球上どこでも、または宇宙空間でも
「音」は観測されていて、
「ホワイトノイズ」として観測されるその音は
「完全に無作為な音」です。
これが万物の創造に大きく関わっていたとされる
「1/fのゆらぎ」にも関係してきます。
すべての創造の原点に関わる「音」であり、
宇宙を動かしている根元的な力の源でもある
この「音」の存在を考えると
音楽の可能性は限りなく飛翔していくように思います。
Posted by 篠原 at 2009年08月30日 12:27